大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和46年(う)1294号 判決 1973年3月22日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金二〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用中証人宮井重二に支給した分は、被告人の負担とする。

本件公訴事実中、宅地造成等規制法違反の点については、被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人成瀬寿一、同林義久、同田村敏文共同作成の控訴趣意書および弁護人成瀬寿一作成の控訴趣意書(追加分)記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意中原判示第二の事実に関する主張について。

論旨は、要するに、被告人は普泉寺の伽藍建立の資金調達のため同寺の所有地を宅地に造成してこれを売却したものであつて、営利の目的がなく、宅地の売買を業として行つたものとはいえない、従つて、被告人が無免許で宅地建物取引業を営んだとしてこれを有罪とした原判決には法令の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。

よつて按ずるに、宅地建物取引業法二条二号は、宅地建物取引業とは宅地もしくは建物の売買もしくは交換または宅地もしくは建物の売買、交換もしくは貸借の代理もしくは媒介をする行為で業として行うものをいう旨規定しており右の「業として行う」とは、右行為を不特定多数の者を相手方として反覆継続して行うこと、あるいは反覆継続する意思をもつて行うことをいい、必ずしも営利の目的をもつてすることを要しないものと解すべきところ、記録によれば、被告人は、大阪府三島郡島本町大字桜井四番地等からなる通称地蔵山一帯の山林約三万平方メートルを切り開いて同所に六十数区画のいわゆる分譲住宅地を造成しつつ、これを向陽丘住宅地と銘打つて一般に広告し、その一部を原判示のごとく一六回にわたり一般顧客に売却したことが認められるから、被告人が業として宅地の売買を行つたことは明らかである。そして、被告人が宅地建物取引業を営むことにつき知事の免許を受けていなかつたこともまた証拠上明らかであるから、原判決が被告人の右所為につき宅地建物取引業法一一二条一項違反の罪の成立を肯認し被告人を有罪としたのは相当である。なお、原判決が同法にいう宅地建物取引業の意義につき利得の目的を要する旨説示した点は同法の解釈を誤つたものであるが、この誤は判決に影響を及ぼすものとはいえない(ちなみに、被告人が本件宅地の売買につき利得の目的を有していたことは明白である)。論旨は理由がない。

控訴趣意中原判示第一の事実に関する主張の一の1について。

論旨は、要するに、被告人は昭和三六年一〇月頃本件宅地造成工事に着手し、工事場所が宅地造成工事規制区域に指定された昭和三八年四月一一日頃にはすでに工事はほぼ完成していたのであるから、本件工事については宅地造成等規制法一四条一項所定の届出をすれば足り同法八条一項所定の許可を受けることを要せず、従つて同条項違反(無許可工事)の罪は成立する余地がない。なお、被告人は昭和三八年五月二九日本件工事につき同法一四条一項所定の届出をしたが、その後大阪府の係官から同法八条一項の許可を受けておいた方が府の行政指導を十分受けられてなにかと便利であるといわれたため、本来不要な筈の右許可申請をし、昭和四一年四月二二日付で大阪府知事の許可を受けたものである。しかるに、原判決が、本件工事場所は宅地造成工事規制区域に指定された当時ただある程度山が削られて平面になつている場所があつただけで宅地造成の設計もなければその形態すらできていなかつたもので、いわんや当時本件土地(原判決において被告人が知事の許可の区域をこえて宅地造成工事をしたと認定した部分)を含めて桜井四番地の山林において宅地造成工事が完了していたとはとうてい認め難いとし、被告人が右の本件土地を宅地に造成する工事をしたことにつき宅地造成等規制法八条一項違反の罪の成立を肯認したのは、事実を誤認し、かつ、法令の解釈適用を誤つたものである、というにあるものと解される。

よつて按ずるに、宅地造成等規制法八条一項は、宅地造成工事規制区域内において行われる宅地造成に関する工事については造成主は当該工事に着手する前に建設省令で定めるところにより都道府県知事の許可を受けなければならない旨規定し、同法一四条一項は、宅地造成工事規制区域の指定の際当該区域において行われている宅地造成に関する工事の造成主はその指定があつた日から二一日以内に建設省令で定めるところにより当該工事について都道府県知事に届け出なければならない旨規定しているから、宅地造成工事規制区域に指定された際当該区域においてすでに宅地造成に関する工事に着手している造成主は、該工事につき知事の許可を受けることを要せず単に知事に届出をすれば足るわけである。そして、同法二条一、二号は、宅地とは、農地、採草放牧地および森林ならびに道路、公園、河川その他政令で定める公共の用に供する施設の用に供せられている土地以外の土地をいい、宅地造成とは、宅地以外の土地を宅地にするためまたは宅地において行う土地の形質の変更で政令で定めるものをいう旨規定し、同法施行令(昭和三七年一月三〇日政令第一六号)三条は、法二条二号の政令で定める土地の形質の変更とは、切土であつて当該切土をした土地の部分に高さが二メートルをこえるがけを生ずることとなるもの、盛土であつて当該盛土をした土地の部分に高さが一メートルをこえるがけを生ずることとなるもの、切土と盛土とを同時にする場合における盛土であつて当該盛土をした土地の部分に高さが一メートル以下のがけを生じ、かつ、当該切土および盛土をした土地の部分に高さが二メートルをこえるがけを生ずることとなるもの、ならびに、以上の一に該当しない切土または盛土であつて当該切土または盛土をする土地の面積が五〇〇平方メートルをこえるものをいう旨規定している。従つて、たとえば、かなりの面積の山林の土砂を削り取つていわゆる分譲住宅地をつくる場合、同法にいう宅地造成に関する工事の中には、通常、単に個々の建物の敷地(俗にいう分譲区画)をつくる段階のみならず、それに先行する大規模な土砂の採取工事の段階も含まれるものといわなければならない。

ところで、記録および押収にかかる証拠物ならびに当審における事実取調の結果によると、本件公訴事実および原判決において被告人が知事の許可を受けないで宅地造成工事をしたとされている土地は、大阪府三島郡島本町大字桜井四番地(もとの桜井四番地、同五番地等が合筆された後のものをいう)の西端附近の約五、七〇〇平方メートルの部分であるところ、被告人は、右部分を含み、主として右桜井四番地からなる通称地蔵山(子安延命地蔵院の裏山)一帯の山林約三万平方メートルの土砂を削り取りそこにいわゆる分譲住宅地をつくることを計画し、宅地造成等規制法公布前の昭和三六年一〇月頃から右地蔵山からの土砂の採取工事を始め、その後国鉄新幹線建設工事等のため大量の土砂の需要があつたこととも相俟つて右土砂採取工事は急速に進渉し、昭和三八年四月一一日同法三条に基く建設省告示第一一八五号により同所附近が宅地造成工事規制区域に指定された際には、すでに右地蔵山の大半の部分の土砂の荒取りが終りかなりの部分にほぼ平坦な土地ができていたこと、被告人は右工事につき同年五月二九日大阪府知事に対し同法一四条一項所定の届出をし(もつとも、その届出書の記載内容はかなり不正確なものであつた)、大阪府もまたこれを受理したうえ爾後右届出が有効なことを前提として同法一五条二項に基く防災工事実施の勧告をする等災害防止のための行政指導をしていたが、被告人において容易にこれに従わず指導の実があがらなかつたため、被告人に対しあらためて同法八条一項所定の許可申請をするよう慫慂し、これに応じて被告人は昭和四〇年一二月六日大阪府知事に対し右の許可申請をし、昭和四一年四月二二日付でその許可を受けたこと、そして、本件公訴事実および原判決において被告人が知事の許可を受けないで宅地造成工事をしたというのは、被告人が右許可にかかる区域を越えて前記宅地造成工事をしたことを指していることの各事実が認められる。

以上によると、被告人は前記地蔵山一帯を含む区域が宅地造成工事規制区域に指定された際本件起訴にかかる土地の部分をも含めた右地蔵山一帯の宅地造成に関する工事に、すでに着手していたものと認められるから、右工事については宅地造成等規制法八条一項所定の知事の許可を受けることを要せず、従つて同条項違反の罪は成立しないものというべきである。してみると、右工事の一部につき同条項違反の罪の成立を肯認した原判決には事実の誤認ないし法令の解釈適用の誤があり、その誤が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決はすでにこの点において破棄を免れないところ、原判決は右判示第一の事実と判示第二の宅地建物取引業法違反の事実につき一個の刑を言渡しているので、その全部を破棄することとする。論旨は理由がある。

よつて、その余の、控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書によりさらに次のとおり判決する。

宅地建物取引業法違反の点について。

原判決の認定した判示第二の所為は宅地建物取引業法一二条一項に違反し同法七九条二号(行為時においては昭和四六年法律第一一〇号による改正前の同法二四条二号)に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、所定金額の範囲内で被告人を罰金二〇万円に処し、罰金不完納の場合の労役場留置につき刑法一八条を、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条一項本文を各適用して主文二項ないし四項のとおり判決する。

宅地造成等規制法違反の点について。

該公訴事実は「被告人は、大阪府知事の許可を受けないで、昭和四一年六月頃より昭和四二年六月頃までの間、宅地造成工事規制区域内に所在する大阪府三島郡島本町大字桜井四番地の自己所有にかかる山林約五七三五・五平方メートル(別紙A、B、C、三点を結んだ区域)を宅地に造成したものである」というのであるが、前記の次第で犯罪の証明がないこととなるから、刑事訴訟法三三六条により無罪の言渡をすることとし、主文六項のとおり判決する。

別紙は第一審判決別紙(第一)と同一につき省略

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例